和歌山県 湯浅大宮 顯國神社の施設概要
和歌山県有田郡湯浅町大字湯浅字宮後1914鎮座 湯浅大宮 顯國神社
嘉永4年(1851年)「紀伊国名所図会後編」湯浅祭礼御輿渡御の図

顯 國 神 社 の 施 設 概 要

ごさいじん
ごゆいしょ
けいだいあんない
さいてん
ごきとう
ぶんかざい
ししまい
れきし
じゅよひん
しき
ちんじゅのもり
おおみやでん
ごしょぐるま
しょうがつ
やくばらい
はつうまさい
わかみやよいみや
わかみやさい
れいたいさい
しちごさん
おおみそか
日本遺産「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅
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アクセス
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社務所の所在 〒643-0004
和歌山県有田郡湯浅町大字湯浅1914
交通手段 紀勢本線JR湯浅駅から徒歩10分
阪和自動車道 下り線(田辺・白浜方面)有田ICから車で5分
阪和自動車道(湯浅・御坊道路) 上り線(和歌山・大阪方面)広川ICから車で10分
連絡先 電話(0737)62-2405
FAX(0737)62-2609
神社関係者 4名(神職1名、掃除従業員1名、その他2名)
責任役員 4名(代表役員1名、責任役員3名)
総 代 定数25名
社 宝 李梅溪華表の扁額
境内地面積 5,947m3
主たる建造物 ①本殿(湯浅町指定文化財)
湯浅大宮顯國神社の本殿明治21年(西暦1888年)6月に総代が中心となって、氏子崇敬者により修復されている。
その後、度々修理を重ね、昭和35年に本殿の大修復を行った。
本殿の造りは、春日造銅板屋根である。即ち切妻造妻入に階隠(はしかくし)として向拝を設け、屋根の前方と後方には神社建築の象徴として勝男木、置千木がそびえ立っている。構造は住吉造に似ていて、上から内陣、下陣、椽、向拝、浜床となっており、大床を通じて祝詞殿、拝殿の順に連ねている。
②祝詞殿(湯浅町指定文化財)
湯浅大宮顯國神社の祝詞殿明治21年(西暦1888年)6月に総代が中心となって、氏子崇敬者により修復されている。
昭和35年に本殿の大修復を行った。
平成2年、老朽化により修復した。
③拝殿(湯浅町指定文化財)
湯浅大宮顯國神社の拝殿元文2年(1737年)再建された。
老朽化により平成2年に修復した後、平成18年に「鎮守の杜整備事業」により回廊の床を修復した。
④若宮社(顯國神社東側)
顯國神社に合祀された若宮社伊弉諾尊、伊弉冊尊の御祭神をお祀りする。
文治5年(1189年)後鳥羽院熊野御幸の際湯浅の荘でお悩みがあって、湯浅六郎宗方の家に御駐輦、熊野権現を勧請して御祈祷あり、やがて御悩みも平癒したまいしによって、宗方に賜った。宗方崇敬して家の守護神として祀った。のち宝治元年(1247年)青木村花園山に移し、若宮神社と尊称したという。
紀伊続風土記には、若宮神社を「若宮八幡宮」又は「青木八幡明神」等と称している。
明治に当神社へ合祀されたが、明治44年7月12日許可を得て、元の青木の境内に一社殿を建立し、天神社及び金刀比羅神社を合祀して若宮神社と改称した。毎年7月18日には若宮祭の祭典が執行される。
⑤若恵比須社(顯國神社末社西側)
顯國神社に合祀された若恵比須神社
由緒不詳、明治40年9月22日、当神社に合祀された。
事代主命、豊玉彦命、豊玉姫命、大山祇命の御祭神をお祀りする。
⑥神明社(顯國神社末社中央)
顯國神社に合祀された神明社安政2年(1853年)疫病流行の際に勧請、明治40年7月1日、当神社に合祀された。
天照皇大神、豊受大神、蛭子神、水波能女神
の御祭神をお祀りする。
⑦稲荷社(顯國神社末社東側)
顯國神社に合祀された神明社明治40年9月22日、当神社に合祀された。
宇賀魂命、祓戸神、瀬織津姫命、速開津姫命、息吹戸主命、速佐須良姫命の御祭神をお祀りする。
⑧狛犬(拝殿前)
      【西側】               【東側】
昭和3年11月御大典記念の狛犬昭和3年11月御大典記念の狛犬昭和3年11月、御大典記念により参拝會戌辰講から奉納された狛犬。
⑨御神木(拝殿西側)
     【下部】              【上部】
湯浅大宮顯國神社の御神木樹齢八百年という巨木の「アラカシ」で、根元から二つに分かれ下部は空洞になっているが、上部は今でも元気な当神社拝殿左にある御神木。
胸高囲が405㎝もある県下有数の巨木であり、環境庁「巨木林調査報告書」にも記載されている貴重な樹である。
⑩神馬像
湯浅大宮顯國神社の神馬昭和53年1月に新設された神馬。昭和初期、鳥居横にあった神馬の像が県道工事により失われた経過があり、ここに再建した。
像には、「平和こそ人生の灯である。未来にはばたく子供たちのすこやかな成長を願い、今は逝いて帰らぬ先人に感謝をこめ、永久の平和を求めてここに再建す。昭和53年1月吉日 湯浅町長 寺西 清」とある。
⑪大鳥居
鳥居前の県道工事の際、昭和52年4月に株式会社中井組に奉納された大鳥居。
夜になると、鳥居の両横の常夜灯が点灯される。
⑫手水舎
湯浅町出身である千葉県在住の御宿町などの方達が奉納した手水鉢。湯浅町指定文化財に指定されている。
⑬大門
湯浅大宮顯國神社の楼門江戸時代以前に建設したとされる大きな風格のある大門。
昭和三十年代までは、開門と閉門が行われていたが、県道開通の影響で鳥居の移設などがあり、常時開いた状態となっている。
神饌所
湯浅大宮顯國神社の神饌所平成2年に新設されたもので、神饌調理の他、案、大麻、提灯など保管する。
⑮社務所、参集殿(結婚式場
湯浅大宮顯國神社の参集殿兼社務所(結婚式場大宮殿)昭和44年7月、社務所、参集殿、結婚式場として建設された。
鉄骨造2階建で1階が披露宴会場・社務所、2階が神殿、写真室、化粧室、控え室がある。
⑯絵馬堂(顯國神社南側)
湯浅大宮顯國神社の絵馬堂平成2年に建設され、碑に
「先人の生活文化を保存継承することは、有為転変の激しい今日であればこそ、心ある住民の願いである。今回、この目的を併せもつ絵馬堂が神社奉賛会を中心とする有志のの方々の奉仕のもとで、湯浅党以来の由緒ある顕国神社に再建されたことは喜ばしい限りである。ここ湯浅の地に奉仕の精神を受け継がれる精神を願って。」と記されている。
⑰神徳碑、改修記念碑(顯國神社東側)
向かって左側が「碑文倉田袖岡撰并書」の神徳碑である。
右側が水利区長小松清太郎氏サイホン施設や水門、水路並びに溜池補強工事などに真剣なる努力をされ、副区長出口由千代、伊藤武雄両氏の補佐と共に農民は感激をもってその功績を永遠に讃える改修記念碑である。
⑱神輿舎(顯國神社東側)
湯浅大宮顯國神社の神輿舎
神社東側に3棟並んでいる。
旧大神輿、御所車、現神輿、太鼓台車などが保管されている。
その中でも御所車は、専門家でもここら辺では見たことがないというくらい珍しい逸品で、京都の時代祭を想像させる立派なものであるが、経年劣化により傷みが激しく、長い間姿を見せることなく眠っています。修理すると相当な額ですが、近い将来、渡御に復活させたいと考えています。
⑱忠魂碑
湯浅大宮顯國神社の忠魂碑
明治37~38年戦役及びそれ以後の戦歿した人々のために建碑したもので、台石の高さ2.5m、碑石の高さ2.5mで、書者は陸軍中将従三位功三級仁田原重行で大正5年2月、当初天神山に建立されました。
昭和34年、町が宅地造成のため、取り崩しにかかったので、顯國神社の境内に移転されています。

昔は毎年5月、最近は湯浅町遺族会において毎年4月15日に慰霊祭が神式、仏式交互に執行されていましたが、現在は行政による追悼式という形になっています。
飛地神社 北恵比須神社
湯浅大宮顯國神社の飛地神社【北恵比須神社】①鎮座地 
湯浅町湯浅63番地(元湯浅新屋敷北浜)
②御祭神 事代主命、豊玉彦命、豊玉姫命
③祭典日 7月22日
④由緒
寛文元年(1661年)字新屋敷を開き、宅地を定めた際、漁民が相議して勧請した。現在は、漁友会が管理奉仕している。
平成18年湯浅町伝統的建造物保存地区の一つとして指定された。
⑤湯浅町伝統的建造物
【建造物】本殿1棟、門1棟

【工作物】石積1構、石灯篭1対、手水鉢1基
南恵比須神社
湯浅大宮顯國神社の飛地神社【南恵比須神社】①鎮座地 
湯浅町湯浅157番地(元湯浅新屋敷南浜)
②御祭神 事代主命、豊玉姫命、大山祇命、少童命
③祭典日 7月22日
④由緒
当社の記録では、横町南側裏にあった衣夷社を村の南濱に移して歓請されたとされている。現在は、漁業者や商売人の守り神として敬われている。顯國神社若宮祭の渡御の御旅所になっており、暫しの間、御輿を駐めて浜宮神前式、三面獅子舞、掛け鯛、餅投げが行われる。
毎年、7月22日には当神社に管理奉仕している南友会が参列し、夜店で子供達が賑わう。
本殿は平成初期に改築した。
弁財天神社
湯浅大宮顯國神社の飛地神社 七夕で有名な【弁財天神社】①鎮座地 湯浅町湯浅1260番地の1(元湯浅島の内鎮座)
②御祭神 市杵島姫命
③祭典日 7月7日
④由  緒
当社の記録では、「南川洲崎にあり古は別所村辨財天山にありを後此に移す。」とされており、深専寺第八世の住職有伝上人年間広川の流路を改修して島の内に石堤を築いた際、ここの水神として別所の弁財天を勧請したとされている。建仁元年(1201年)、藤原定家がこの入江を詠んだ「この湯浅の入江の辺り、松原の勝形は奇特なり」という歌ある歴史的遺産である。この辺りの弁天港中波止は、平安時代に造られた石垣積みとして貴重で、昭和初期まで大きなミカン船が出入りしていた。紀伊国屋文左衛門や勝海舟、若い頃の八代将軍徳川吉宗もここにから上陸したとされている。
毎年7月7日の七夕には、有田郡市の多くの参拝者が訪れ、子供は願い事の書いた笹をもって将来の夢がかなうように参拝する。たくさんの夜店で賑わう町の一大イベントとなっている。
氏子地域 旧湯浅村(湯浅町大字湯浅、青木、別所、山田)
氏子戸数 約4,000戸(約11,000人)
崇敬者数 約3,000人
主な祭典 初午 3月(旧暦最初の午の日)
歳旦祭 1月1日
若宮祭 7月18日
例  祭 10月18日(宵宮10月17日)
七五三詣 11月中
御祈祷 家内安全、交通安全、地鎮祭、工事安全、商売繁盛、初午祈祷、初宮詣、安産祈願、七五三詣、必勝祈願、合格祈願、病気平癒、厄除開運、海上安全、大漁祈願、心願成就、病気平癒、結婚式、神葬祭
※その他諸々の御祈祷を承ります。
沿 革  延歴20年10月  大國主大明神と称して創建する。
天養元年10月 顯國明神と改称して現地に遷座する。
寛文8年12月 紀州徳川家初代藩主頼宣より顯國大明神を授かる。
明治15年11月 有栖川幟仁親王殿下より御筆の「顯國神社」奉額が奉納される。
※有栖川幟仁親王 (ありすがわのみや たかひとしんのう)
1812年~1886(明治19)有栖川宮韶仁親王の第一王子
「有栖川宮幟仁親王殿下」御筆の奉額

有栖川幟仁親王
明治40年6月  神饌幣帛料供進神社に指定される。
明治40年7~9月 合祀令により町内にある神社を合祀する。
昭和34年1月 「久米崎王子跡」が和歌山県指定文化財に指定される。
昭和44年 社務所兼結婚式場「大宮殿」を建設する。
昭和51年 鳥居・手水舎・灯籠・玉垣・大門設置及び排水工事を行う。
昭和53年 三面保存会(獅子舞)を発足する。
昭和63年 本殿・摂末社・社務所改修工事を実施する。
昭和62年~平成2年 拝殿・祝詞殿・神饌場改修工事を実施する。
平成2年 絵馬堂建設工事が完成する。
平成7年 災害対策による参道改修工事を実施する。
平成10年7月 顯國神社「手水鉢」が湯浅町指定文化財に指定される。
平成10年 台風被害による境内整備工事を実施する。
平成12年 湯浅町熊野古道研究会・湯浅町文化の会主催による楊興国(ヤン・シンシン)胡弓の篝火コンサートが開催される。
平成13年3月 顯國神社「三面獅子舞」が湯浅町指定文化財に指定される。
(現在は和歌山県指定無形民俗文化財となる。)
平成13年9月 湯浅町熊野古道研究会・湯浅町文化の会主催による楊興国(ヤン・シンシン)胡弓の篝火コンサートが開催される。
平成17年2月 鎮守の杜整備実行委員会を発足する。
平成18年8月~9月 拝殿・参拝階段・石畳・こま犬補修工事を実施する。
平成18年9月 顯國神社公式ホームページを開設する。
平成19年1月~2月 森の整備及び植栽工事を実施する。
平成19年4月 鎮守の森整備事業に係る竣工報告祭を執り行う。
平成20年1月 温泉の恵みに感謝する「第3回献湯祭」が26日、和歌山県湯浅町の顕國神社で行われた。有田地方に源泉を持つ11カ所の温泉施設が加盟する有田温泉協会(花田優会長)の会員らが業界の発展を祈った。
献湯祭
平成21年3月 「顯國神社の三面獅子」が和歌山県指定無形民俗文化財に指定される。
平成21年6月 「本殿・祝詞殿・拝殿」が湯浅町指定文化財に指定される。
平成28年11月 温泉の恵みに感謝する有田温泉協会(花田優会長)主催「第12回献湯祭」が26日、和歌山県湯浅町の国民宿舎湯浅城で1市3町の首長ら約60人が参集して厳粛に執り行われた。地元の顯國神社が斎主を務め、有田地方に源泉を持つ9カ所の温泉施設(有田川温泉・二川温泉・しみず温泉・かなや明恵峡温泉・滝原温泉ほたるの湯・下津木温泉・二の丸温泉・栖原温泉・湯浅温泉)が業界の発展を祈った
 全国約8万社の神社を包括する神社本庁 日本会議-誇りある国づくりへ~政策提言と国民運動
伊勢の神宮  第62回神宮式年遷宮-二十年に一度の遷御-   靖國神社    
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